[PR]子育てママさんへ:3年毎に15万円うけとれる保険?

国家2種官庁訪問、人事院面接

 このページでは、国家2種行政の官庁訪問、人事院面接について書きます。筆者は結局「無い内定」のまま官庁訪問を終えました。なので「合格するために」という観点では参考にならないと思います。

 なお、筆者の第1志望、というか唯一の志望は総務省でした。「他の官庁にいくなら地方に行く」と思っていたため、官庁訪問としては本省狙いの、おとなしい活動しかしていません。

2002年 7月30日(火曜日)

情報収集、パンフレット集めに霞ヶ関へ

 国2の1次試験が7月7日にあり、1次合格発表を8月2日に控えた7月30日、「パンフレットを貰うついでに面接の日程でも聞いてこよう」と、霞ヶ関に行きました。駅は多くの人が使う日比谷線・丸の内線他「霞ヶ関駅」ではなくて、有楽町線「桜田門」の駅を使いました。

 桜田門駅を降り、地上に出ると、まずは目の前に警視庁が見ました。とは言っても筆者は警察官試験は受けないので用は無く、どこから行こうかと考えました。

 筆者の第1志望は総務省。しかし、いきなり総務省にいって失態をするよりは、どこかで準備運動しておいた方がいいと判断し、総務省の裏側にある国土交通省に向かいました。

 国土交通省では、まず門の前で守衛さんに身分証明書の掲示を求められます。学生ならば学生証でいいのですが、社会人になるとその他の証明書が必要です。普通は免許証でいいのですが、筆者は自動車免許を持ってなかったのでパスポートを用いました。

 表玄関を通って向かったのは大臣官房人事課。省庁によって人事担当部署の名前が微妙に異なるため、いく場合には注意が必要です。一般的には「大臣官房人事課」が多いですが、事務総局官房人事課(会計検査院)、人事課人事班(人事院)、大臣官房秘書課(総務省)などがあります。筆者はカバンに『受験ジャーナル』7号を持って、各省の人事担当部署の名前を確認しながらまわりました。

 国土交通省では「パンフレットが、2冊中1冊が出来ていない」と1冊もらい、「2日(合格発表の日)は予約不要で、直接訪問してください」といわれました。


 「よし!大体の流れはわかった!」と、次に本命の総務省に行きました。国土交通省から回っていったのですが、最初横門に行ってしまい、警備の人に止められました。

 総務省、警察庁は同じ建物にあります。まず最初に入り口で紙を書かされます。内容は「総務省、警察庁のどちらに用があるか」「その部署、理由は」といったことです。複写式の紙に書いたあと、1枚もらいまずは総務省大臣官房秘書課に行き、パンフレットをもらい「2日は直接訪問、地下2階で早いもの勝ち受付。写真持参」と教えて頂きました。

 総務省の後、「どうせなら」と警察庁に行きました。先ほども書きましたが警察庁は総務省と同じ建物にあります。しかし、警察庁はさらに受付がもう1つありました。

 警察庁では受付でパンフレットを貰いました。すると受付の方に「今、上で個別に説明会をやっています。予約受付でやるもので31日16時からもあります。予約するのなら電話してください」と言われました。特に警察庁は志望していなかったので、「もし、お願いするようでしたら早い段階でお電話致します。」と言ってその場を後にしました。

 この情報を知らなかったのは自分だけなのか、などと考えながら「他でもちゃんと情報もらっとかなきゃいけないなぁ」と思いました。筆者の知っているのは経済産業省で事前説明会があるというくらいの情報で、警察庁の情報はありませんでした。


 次に向かおうとしたの厚生労働省。しかし、総務省から厚生労働省に行くまでに農林水産省があり、「ついでだから」と入ってみました。

 農林水産省に入ってパンフレットを貰ったとき「暑いですね。」などと女性職員に声をかけられ、少しいやされました。やはり緊張した面持ちで行っているので、こういった配慮はうれしいもので、筆者の農林水産省への印象がバーンとアップしました。

 さて癒されたのもつかの間、「今日、最終の説明会があるのですが参加されますか?」といわれました。「へ?」。そんなこと、思いもしませんでした。なんでも、4×3の写真が必要との事。「そりゃ、ただの説明会じゃないな」と思いながら、参加させていただくことにしました。

 とはいっても写真なんて用意していません。すると「地下でスピード写真とれますから」とのこと。ならばと、農林水産省の地下にもぐりこみました。

 農林水産省の地下はいっぱしの商店街みたいになっていました。なんでもそろっている感じで、写真屋さんに証明写真を撮ってもらった後、ふらふらと見て回っていました。

 そこで見つけたのが、西村健『霞が関残酷物語 さまよえる官僚たち』(中公新書ラクレ)。国2への志望が一気に萎えるほどの1冊でした。しかし、このような実もふたも無い本を庁舎の置くあたり、国家公務員は肝っ玉が据わっているようです。

 説明会は2時間ほどのものでした。驚いたのは普通に訪問カードを書かされたこと。志望動機から自己PRまで書きました。特に熱い思い入れで来たわけではない筆者は、志望動機なんていったってありませんでしたが、なんとなく書きました。訪問カードこそ書きましたが、それ以外は選考は行われませんでした。


 農林水産省を出たのが16時過ぎ。その後、厚生労働省に行きました。

 厚生労働省では、「一応」採用窓口が1つになっています(大臣官房人事課)。そこでパンフレットを貰いましたが、名前を書かされました。そして「8月1日に説明会がある」と言われ、庁舎をあとにしました。


 厚生労働省から出たときには、すでに大分陽は暮れていました。とりあえず自分の行きたい官庁(といっても総務省だけ)はまわったので、その日は帰ることにしまいた。


 この日一日の教訓は情報は自分の足で見つけなければいけないということです。筆者は一応各省のHPで採用情報を見ているつもりでした。しかし以外に知らない説明会情報などは多かったです。予備校に通っている方はその辺の情報にも抜かりが無いのかもしれませんが、独学の人は自分の足でちゃんと調べた方がいいです。電話と言う手もありかとは思いますが。



8月1日(木曜日)

厚生労働省業務説明会

 合格発表日前日、厚生労働省の業務説明会がありました。

 この説明会、厚生行政と労働行政が一緒に開催しているものの、内部は「2段構成」的でした。詳しく話を聞くと、2日合格後の採用訪問先は厚生行政と労働行政で異なり、直接職業安定行政なり労働基準行政の担当部署に行くようにとのことでした。

 説明会は非常に短いもので、その後、厚生行政の人は別個に説明会があるので移動するように、と言われました。多くの人が厚生行政の方へ移動する中、筆者は労働行政に興味があったので労働基準行政の方に行き、労働独自のパンフレットを貰い、業務説明会を1対6でやって頂きました(もちろん受験生の方が6)。


8月2日(金曜日)

総務省の1日

 人事院で合格を確認後、最初に総務省に向かいました。

 まずは地下2階で訪問カードとパンフレットを貰い、記入作業をしました。そこでは志望分野(自治行政局、自治財政局、情報通信基盤局)を書く欄がありました。

 書いた人から業務説明会へと進むのですが、説明会は1時間おきにあり、筆者は10時半の説明会に参加することになりました。

 10時半からの説明は簡単なもので、「総務省とはどういった省か」といったことについて本当に簡単に説明を受けました。

 その後12時より2対8の面談、2対5の区分別面接がありました。

 2対5の集団面接では一通りのこと、例えば自己PR、なぜ総務省か、学生時代の経験などを聞かれました。

 このような集団面接は非常に勉強になります。自分のミスはよくわからないものの、他の人のミスはよくわかるからです。人によってはよく面接本にある「具体的事例で自己PRを言う」をそのまま実践したものの、くどくなっていた人もいました。説明が長すぎて聞く気が失せてくる人もいました。自分が面接官のつもりで聞いていると「この人、話長いな」「おんなじ言葉ばっかり言ってるな」といったことがよくわかります。まぁ、自分も答えを考えるわけで、そんな余裕のある時間ばっかりではありませんが。

 16時、原課の人との面談、面接が始まりました。総務省では最初大きな待合室に通され、順番に受付の人に呼ばれて、「原課の〜さんの所にいってください」と言われて行きます。

 最初に伺ったのが自治行政局地方債課の若手の方の所。完全に業務説明でした。いろいろなことを質問しました。

 その後1時間ほど待合室で待機した、自治行政局選挙部選挙課収支公開室の若手の方の所に伺いました。ここも業務説明でした。

 そしてその後、人事の方に呼ばれ「今日はこれにて終了です。」と言われました。「これにて終了」…これは切り文句の常套句です。「うわ!さっそく切られた!どうしようどうしようどうしよう…」と落ち込んだのもつかの間、「では5日月曜に来てください」。お願いですから変な間を空けるのは勘弁してください、と心の中で連呼してました。確か19時くらいだったと思います。

 印象として原課の人との面談では選考は行われていないようでした。何を記入する様子も無く、本当に仕事中のようでした。

 2日はここで終了。総務省一本だったので他は特にまわりませんでした。今思えば、回っておけばよかったかなと、すこし思います。


 

8月5日(月曜日)

駒澤大学にて合同説明会

 1次試験日当日に貰った紙に従い、駒澤大学へ説明会に行きました。

 合同説明会では、まず受付付近で大量のパンフレットを貰います。感覚としては大学の入学式で1、2歩歩くごとにサークル勧誘のパンフレットを貰う感じです。その分量たるや大量。本省から出先機関までさまざまなパンフレットを貰うことができます。

 そして建物内に入るとまず、「各省庁採用人数一覧」のようなものが手に入ります。そこには各省庁の連絡先、採用予定数などが書かれています。人によってはそれらの情報を確認しだい、連絡する人もいるようです。

 大きな行動では各省庁が順番に、説明会を開催しています。筆者は説明会は聞きませんでした。

 それはなぜかというと、合同説明会のメインは行動の説明会ではなくて、各省庁の個別ブースにあるからです。

 各省庁は教室を1〜3くらい使って、それぞれ説明会を実施しています。筆者が回ったのは総務省と内閣府、厚生労働省労働基準行政でした。その他にも、地方整備局といった地方出先機関の説明会もあります。この日から受付という所も多く、各ブースは非常に沢山の人がいました。筆者が印象に残っている所は文部科学省。これでもか、と言うほどの行列が出来上がっていました。

 筆者はまず、総務省のブースに行きました。2日に本省に言っているのですが「顔売り」ということで行き、名簿に名前を書いて、情報通信基盤局の説明を聞いたりしました。

 次にいったのが内閣府。ここでは訪問カードもどきを書きました。そしてその後、1対6くらいの完全なる説明会(こちらについては何も聞かれない)があり、訪問の予約をしました。訪問は翌6日か7日から選べたのですが、6日は特別区の2次試験の日で、いつ帰れるかわからなかったので7日にしました。

 労働基準行政はパンフレットを貰っただけで帰りました。説明はどうやら先日うかがったのと同じようでした。

総務省2日目

 総務省には13時40分に到着しました。2日の日に、訪問カードのコピーを持ち帰っていたので、それを待合室受付に提出し、呼ばれるのを待ちました。

 最初に呼ばれたのは14時頃。自治行政局行政課の係長クラスの方と面談しました。

 この方は面談カードを持っていました。それまでの説明会がカードなしだったので、「いよいよ具体的な選考が始まったのか」と思いました。

 聞かれた内容は、志望動機、なぜ国家公務員か(地方と国との違い)、他省庁について、他局でも働けるか、地方自治を学校で学んだか、総務省に入って何がしたいか具体的にといったことでした。特に専門的知識を問われることは無く、自分の考えを述べていきました。職員の方はそれまで経験した部署のことなどを話してくれました。

 そして15時頃。次に自治行政局財務調査課の係長クラスの方の業務説明がありました。これは面談カードを持っていなかったので、本当の業務説明だと思います。地方財政について、ルーティンワークだけではないことについてなどを説明していただきました。

 それが終わって少し待ち、次に自治行政局公務員部公務員課の主幹クラスの方と面談をしました。こちらは面談カードを持っていました。

 ここではあちらからの説明は全くなし。「聞きたいことは何でも聞いて」といった形で面談をしました。

 ここでは質問として「三省統合の実感」などを聞きました。それに対して「実感ないです。接点ないですから。」といった話を聞けて面白かったです。やはり現場の声というのは、聞いていていいもんです。

 最後の方で1つだけ質問されました。それは「旧郵政や旧総務庁の仕事でも大丈夫か」ということでした。「大丈夫です」と答えました

 待合室に戻り、少し間があって、人事の方に廊下に呼び出されました。「切られたか?」と思いましたが、「これから人事の方と『面接』をしてもらいます」といわれました。なんとなく「面接」という言葉に力が入っているような気がしました。

 そして小部屋に通され、人事の偉い方と思われる方と1対2の面接をしました。

 ここでの面接は非常に緊迫した雰囲気が流れていました。これまでの所は和やかな雰囲気が流れていたのですが…非常に嫌な予感がしました。

 質問は「あれはできるか」「これはできるか」といったもの。転勤はできるか、雑務に耐えられるか、希望と違う部署でも大丈夫かといったものが多く、他に転職の理由、家族はどう考えているかなどを聞かれました。なんとなく雰囲気に呑まれたのか、うまく答えた自信はありませんでした。

 そして数十分後。人事の方の廊下に呼ばれました。ここまできたら内々定か切られるか、どちらかだと覚悟していくきました。すると人事の方はこういいました。

 「本日はこれで終了とさせてください。○○さん(筆者のこと)は他に、厚生労働省、内閣府と志望されているようで…そちらの面接にまわってください。お願いします。」

 非常に丁寧な物言いですが、要は「採用できません」ということでした。がっくり来ましたが、人事担当の方があまりにも申し訳なさそうにおっしゃるので、こちらも何となく申し訳ない気分になりました。

 外はまだ陽は暮れていませんでした。しかし他の官庁を回る気力もなく、霞ヶ関を後にしました。


8月7日(水曜日)

内閣府

 霞ヶ関で働いている友人から「内閣府だけは辞めとけ。」といわれていたものの、仕事が面白そうだったので受けてみることにしました。

 5日の合同説明会時に予約していた内閣府に行きました。5日には「10時から17時の間で、何時に来てもらってもかまいませんから」と言われていたものの、真に受けている場合ではないので9時35分に内閣府に行きました。

 まず最初に受付で8月2、5(合同説明会)、6日の来訪暦を○×で書き、合同説明会時の面接カードの未記入部分に記入をして10時を待ちました。

 面接1回目は10時15分。面接は大きな行動のような所で開かれ、机が15程置かれて各机で行われました。筆者の最初は若手職員との1対1でした。

 聞かれた内容は、志望動機、最近気になる社会問題、公務員の倫理について、卒論の内容について、他受験時の状況、その手ごたえ、志望以外の業務が出来るか、前日(6日)は何をしていたか、内閣府に落ちたらどうするか、最後に自己PRを混ぜて内閣府への志望を聞かれました。面談時間は20分程でした。

 ここでは早口で多くのことを喋ったと思います。最後のほうでは「しゃべり過ぎると言われます」と言いました。その事をメモしているようでした。

 面接2回目は11時15分頃。中堅職員の方としました。

 この面接では自分のことを話す機会、質問はありませんでした。その時考えたのが、先ほどの面接のことでした。先ほどの面接官が「しゃべり過ぎ」と記入したため、この2回目の面接官はじっと聞いていられるかを試しているのかと思いました。

 伺った話は、男女共同参画社会について、地方(公務員)の方がいい、体力が無いときついという話、他の省庁はまわらないか(何度も聞かれた)、子供に興味があるというが文部科学省はどうか、といったことでした。他省庁をまわらないかについては、本当に何度も聞かれました。

 自分には「しゃべらないようにする面接」に思えた面接、職員の方の言葉には突っ込み所満載でした。まず、その職員の方とは男女共同参画に関する意見が全く異なりました。また「地方の方がいい」と言われて、「これは『そんなことない』という意見を求めているのか、それともただ自分の意見として言っているだけなのか」と考えたりしました。しかし「しゃべりすぎを警戒されているのかな?」というのが大きかったので、終始ニコニコ黙っていました。

 昼食を終えて、面接3回目は14時25分頃ありました。若手職員でした。

 この方は非常に難しい質問をしてきました。何が難しいかというと、沢山突っ込んでくるからでした。質問内容は、内閣の総合調整機能の認識とあなた(筆者)の実体験での総合調整、内閣府が第1志望か、他試験の受験理由、自分の総合調整歴をPR、卒論について詳しく、大学時に公務員試験は?、職場を転々とすることは大丈夫かといったことでした。

 そしてしばらくすると、4回目の面接が始まりました。これは少し偉い方のようで、他省庁には行かないか、6日(前日)なぜ来なかったか、2日(1次発表日)から官庁訪問は解禁していたのだが、なぜ来なかったかなどを聞かれ、最終的に「では別室で待っていて欲しい」と言われました。

 その後、面接会場から少し離れた所にある別室に行くと、同じ事を言われたらしき人たちがいました。そしてそこで約5時間ほど待たされました。これがいわゆる「拘束」ってやつだ、と実感しながらも「これで落ちたら洒落にならん」と思いました。

 職員の方が登場した頃には21時を回っていました。そこでは最終集団面接をやるということでした。人数は12、3人いたでしょうか。

 集団面接では自己PR、自分の短所、内閣府に入って何がしたいか、内々定が出たら働くまで何がしたいか、といったことを聞かれました。

 そして、終了後少し待たされ、筆者を含め何人かが呼ばれました。人事の方が「上に行きます」といったので「これはいけたか?」と思ったのですが…。

 エレベータで上の階に通されると、我々に座るようにいいました。そして出てきた台詞「本日はこれにて、面接を終了します。もし何かありましたら、こちらからご連絡いたします」。「またか…」ここでも切られました。

 おそらく最初の呼ばれなかった人たちに内定が出たのだと思います。

 これは筆者の印象ですが、受かった人と落ちた人は、それぞれタイプ分けが出来るような気がします。最初に呼ばれて落ちた人たちと、呼ばれずに(おそらく)内々定した人でです。

 印象では、集団面接での発言・主張的部分では誰も大差は無かったと思います。誰がとりわけ上手かったわけでも、下手だったわけでもないと思います。

 しかしそれぞれの雰囲気が異なりました。雰囲気とは「生命力」「したたかさ」的部分です。落ちた方の人間は誰も、受かった人に比べ、ほとばしる生命力が少なかった様に思います。踏まれても耐えられる、したたかに生きていく、へこたれにくい、といった生命力です。

 確かにこれらは発言だけでは全くわかりません。先程も差が無いと書きました。しかし「外見」においてみると、大きく差がある印象を受けました。

 「外見」は中身を保障しません。しかし、人は外見に出るというのも事実な訳です。

 内閣府については、あまりいい印象を持ちませんでした。すべては負け犬の遠吠えのようですが。特に「業務説明らしきものが全く無い」という点です。他省庁(といってもあまり回っていませんが)では面接の合間、面接の前に業務説明がありました。しかし内閣府は自分らの情報を全く教えず、ひたすらこちら(受験者)を選抜するのみでした。そのような形態は「何か馬鹿にされている」印象を持ちました。

 そんなこんなで、内閣府も終わりました。


8月8日(木曜日)

厚生労働省労働基準行政

 これで落ちたら官庁訪問は終わりにしようと思いながら、以前訪問したことのある厚生労働省労働基準行政に行きました。ここではすでに採用の大半を終えているらしく、人はまばらでした。

 最初に受付に行くと業務説明会をしていただきました。一度聞いた説明も多かったのですが、質問をすると丁寧に答えていただきました。

 その後別室に通され「面接をするので履歴書と写真を持ってきてください」と言われました。以前筆者は訪問し、「選考の流れ」のような紙を貰っていたので、用意しておりそれを渡しました。すると、「1時間後に面接をしますので、その頃来てください」と言われました。前日の内閣府を持ち出すわけではありませんが、拘束しないあたり「さすが労働基準行政。労働者思いだな」と思いました。

 霞ヶ関をプラプラした後、面接を受けました。

 この面接は1対2(受験者1面接官2)でしたが、かなり厳しい質問がでました。内容としては、志望動機、国1と国2の関係について、卒論、転職についてなどでした。その時、国1国2の関係について『霞ヶ関残酷物語』(ずっと↑参照)の影響を強く受けていたので、なんとなく厳しい話ばかりしてしまいました。そして「しかしそれでも国2の仕事に魅力を感じている」というようなことを言いました。しかし、筆者の並べ立てた国2の事情は惨憺たる現状。それを率先してやりたいという意見に説得力が生まれるわけがありません。「君の国2の認識は偏見があるね」「そこまでではないよ」などと言われました。

 その他、国2としてやっていくという話は多いに長引き、倫理面の問題などについても(筆者はあまりわからないのに)話し続けました。

 なかなか厳しい面接だった(しどろもどろ&例によってしゃべり過ぎ)ものの、上っ面でなく面接官の方も話してくれたので、非常に有意義な感覚がありました。

 そして1回目の面接が終わった後、少し待ち、2回目の面接が始まりました。

 こちらはだいぶ位の上の方の面接のようでした。

 この面接は終始和やかに進みました。

面:「君は地方も受けているんだね。両方受かったらどっち行くの」
筆:「もちろんこちらでお世話になりたいと思います」
面:「じゃあ、向こうの面接ではなんて答えた?」
筆:「…『よくよく考えて結論を出したいと思います』と言いました(勿論ウソ)」
面」「君、そりゃ『もちろんこちらです』と言わなきゃ!ハッハッハ!」

といった会話など、非常に面白く進みました。これが受験者を油断させる作戦だったのかどうかはわかりませんが。

 そうして、面接というより面接講座的な話になりながら、終わりました。

 質問としてはいろいろありましたが、ここで筆者は自己PRで大失敗をしました。これまで使って「こりゃだめだ!」と思ったPRを、新しく作ったまともなPRの変わりに言ってしまったのです。案の定「君の自己PRはわかりづらいな」といわれてしまいました。なんで昔のPR言ってしまったのかはいまでもわかりません。

 その後控え室に戻り、人事の方が来て「これにて終了します。なにかありましたらこちらから連絡します」の一言を聞いて終了。ここも切られました。

 労働基準行政は、切られはしましたが、受けるごとに「ここは雰囲気いいなぁ」と好きになっていきました。さすが労働者扱っているだけあるなぁ、といった感覚です。1次面接では、試されるというよりも真剣に話をしていたといった感じですし、2次面接の前では人事の方に「肩の力を抜いて。リラックスリラックス。」といって頂き気が楽になりました。2次面接の雰囲気もよく「大人として扱ってもらえている」といった印象を受けました。

 敗因はいろいろ考えられます。やっぱり労働基準行政についての勉強不足、自分についての分析不足という点が大きいのだと思います。

 もし来年も受験するようだったら(考えただけでぞっとしますが)、「今度はここに一番に来たいな」と思えるくらい好印象で終わりました。


 

8月某日

人事院面接(国家2種2次試験)

 結局内々定のでないまま、人事院面接を迎えました。

 人事院面接では面接カードに志望動機や志望官庁を書き、それについて質問がきます。

 面接時間は15分程度、1対3での面接でした。このときの質問は、志望動機、自己PR、志望官庁同士のつながり(第1志望から第3志望までの官庁が、志望動機とどうつながるのか)といったことが聞かれました。雰囲気は終始穏やかでした。


9月11日

最終合格発表

 合格はインターネットで確認しました。

 この日、厚生労働省厚生行政、関東財務局から連絡がありました。しかし、すでに特別区の合格が決まっており、特別区に行くことに決めていたので、どちらも断り、筆者の国家2種試験は終わりました。



余談

 官庁訪問から早々と撤退しましたが、もう少しやっておけばよかったかなという気もします。せっかく国2受かって、内々定が出ないまま終えるのは非常に癪に障りますし。

 しかし、特別区合格の段階(8月22日)の段階で、国2で内定が出ても「絶対辞退」な訳で、断るのも大変だし、いろいろ迷惑がかかると思って止めにしました。まっ、活動やっていたからといって、内定が出たという自信はないのですが。



Koufuri topへ戻る

[PR]三井住友海上きらめき生命:医療保険のご案内と資料請求はこちらから