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完璧主義のワナ
「よりよい自分になろう」とすることは、大変結構なことだと思います。ただ、それが「完璧主義」の段階まで行くと、少々問題があるようです。 1.計画段階における「完璧主義」 「さぁ、これから勉強を始めよう」とする時に計画を立てますが、これからの自分の受験生活の計画をみっちりぎっしりつくろうとするのは、あまりよくありません。それは、計画段階で「完璧」を求めすぎると、なかなか勉強自体がはじめられないからです。完璧な計画表を作ろうと、受験勉強書や参考書、問題集を吟味していっても、それは勉強したことにはなっていません。完璧を求めるあまり、スタートに躊躇してしまうのです。 受験生がすることは「試験に出る知識」を学ぶことであって、「試験に出る知識を学ぶ手段」を学ぶことではありません。 2.勉強段階における「完璧主義」 勉強時においては「1科目完璧主義」というのが考えれます。一つの科目が完璧にできないからと、他の科目の勉強が疎かになってしまう場合です。これは、苦手科目だけに当てはまるものではなくて、得意科目にも当てはまります。苦手科目はとかく不安で「完璧」を求めます。一方、得意科目においても、得意ゆえにもっと知っていたいという欲求が働いて「完璧」を求める場合があります。 試験というのは全科目トータルの点数勝負です。なので、1科目だけ満点とっても仕方がありません。全体でいかに点を取っていくのかを考えた方が、合格により近づくことができます。 3.試験本番における「完璧主義」 試験本番では「1点でも多く取ろう」という意気込みが「誤って」完璧主義を引き起こしてしまう場合があります。確かに1点でも多く取った方がいいのですが、試験には「時間」というものがあります。筆者の場合、数的判断推理でよくやったのですが、「ここまで(喉まで)解法が出かかっている」とか「ちょっと計算して、何となく解けそうだ」と判断した場合、その問題に時間をかけすぎてしまいます。もちろん、それで解ければ問題ないのでしょうが、解けなくても「できそう」な気が、自分を他の問題へと進ませてくれません。 しかし、やはり試験は総合点勝負です。「できそう」だからと言って、時間をかけ過ぎるのは懸命ではありません。そこで1点取る時間で、他で5点取れるかもしれません。 そういった点で、「1点でも多く取ろう」という意気込みは「完璧主義」に傾けすぎてはいけません。試験問題全体を見るように心掛けた方がいいでしょう。 「できそう」の1問は、他の問題を全部やった後に戻ってくればいいです。 4.「完全主義の麻痺」 また、完璧を求めるあまり、行動を起こせない場合があります。これは斉藤茂太氏の著書で知ったことですが、イギリスの政治家、ウィンストン・チャーチルは「完全を求めると、麻痺を起こす」と言ったそうです。つまり、完璧を求めすぎるあまり少しの失敗も自分の中で許されず、少しの失敗もできないというストレスが、行動を抑制してしまうのです。 それよりかは、「だいたいこんなもん」的な精神が有効でしょう。8割方の完璧さで満足するぐらいがちょうどいいです。もちろん、残りの2割のせいで失敗も起きます。ただ、エラーは人を成長させていくはずです。 完璧主義は「やらなくて後悔する」原因になります。やって後悔するのと、やらなくて後悔するののどちらがいいかと問われれば、自ずと答えは決まっていると思います。 【参考文献】 斉藤茂太『絶対に「自分の非」を認めない人たち』(祥伝社) |